JBSA東京 2015年1月 定期活動のレポート

2015年は活発に走り回り元気に過ごすと決めたのに家族からカピバラちゃんというあだ名が付くほどのぐーたら人間になってしまった友田です。

それでは、1月18日の東京支部活動報告を致します。

前日の強風が嘘のように天候もサングラス必須と言うほどの晴天と冷たいけど気持ち良い心地よさの風。

いつものように鉄橋をくぐり外に出ると右手になんと大きくハッキリと雪の冠を被った富士山が顔を出していました。
徒歩5分で富士山の麓に付くのではないかというほどに大きさ。
ちなみにこの徒歩5分というのはゴジラの歩幅という設定ですよ。

いつものように練習範囲にたどり着くと今回久しぶりにあほうどりに乗艇した児玉さんの掛け声とともに元気よくメインセールとジブアップ。

本格的なレースを目指して東京支部は寒さなど吹き飛ばす元気さで6人で猛特訓の始まりです!!

「さあ、はじめようか!!」

そんな掛け声が出るかと思いきや右側に見えている東京ゲートブリッジの下から見事に富士山の全身が覗いており
「こりゃあ~撮るしかないでしょう!」

そう言うものだからね、一時休止。

はい!最高のベストショットをカメラに収めるべくみなさん定位置に付きました。

タックの用意です。

なんとまぁ、息の合うことでしょう。
最高の一致団結です。
最近入ったばかりの竹澤さんも見事に一致団結。

一発で綺麗に決まったタック後に見事に綺麗な東京ゲートブリッジの下から覗く富士山が撮れました。

みんなで笑顔になって冷凍庫に閉じ込められたような冷たさの体感温度も吹き飛ばし本格的に練習開始。

まず始めに友田がティラーを握ることに。
フリーでの操艇練習です。
この時に気をつけなければいけないのは固定していないメインが意図せずにかえってしまうワイルド・ジャイブです。
これが発生した際に最も怖いのがブームパンチといわれる人の顔にあたったりして怪我をする恐れがあるものです。
しっかりと教わり進路や風の方向等を聞き舵を取りました。
そしてフリーでのジャイブも教わりました。

まだ私にはジャイブが頭のなかで方向性や舵の取り方が混乱しているこがあり今後の課題だとわかりました。

フリーの走りをやめブームも固定し一緒にポンツーンより出艇していたバッカスと洋上待ち合わせをすることに。

「あの本船の近くで待ち合わせ。」

のような待ち合わせ場所をバッカスチームにこちら側より児玉さんの携帯にて電話しました。
まるでデートの待ち合わせのようにね。

『洋上での待ち合わせ』

キャーッ!!!!なんてカッコいい響き。
こんな豪華な待ち合わせなどハリウッドの映画のなかでの話だけかと思っていたらこの東京湾で実際に行われていたではありませんか。

おっとすみません。お正月休みが抜けきれず話がそれました。

バッカスチームとの待ち合わせ場所へむけて彷徨うなか、風も強くなり力を少しでも緩めたら眼下の海面へと一直線に落水という程のヒール角度。

キャビンの中へと避難していた湯川さんが呼ばれティラーを代わる事に。

さすが湯川さんです。
ヒールするともの凄く重くなるティラーさばきも悠々と操っておりカッコよく見えました。3日後に力強く逞しい湯川さんを見習おうと地元の友達を道連れにしてジムに通い始めたのは内緒です。

橋本さんは毎度のことに宙に浮いてるのではないかというほどの見事なバランス感覚でヒール角度が強いにも関わらず真っ直ぐに立ちながら障害物や本船の確認を。橋本さんのバランス感覚の良さを見習ってこれまた地元の友達を道連れにしてジムに通い始めたのも内緒ですよ。

ヒール角度を和らげるためにワンポン・ツーポンにしたりしてようやく少し身が軽くなり今度はOBクイをマークに見立てて回航練習。
はい。バッカスとの待ち合わせを忘れました。ごめんなさい許して。心にはいつもバッカスが居るよ。

マーク回航の練習をするため湯川さんからまたティラーを代わりました。

「スタボで行ってアンクロで回ってすぐジャイブするからね!」

そう指示をもらいマークまでの距離を教えてもらい見事に決まりました!

昨年にティラーを握っていてタックする際の反対側へ行くスマートな方法を小柴さんから教わっていたのでそれを実行することが出来ました。
昨年まではタックする際に進路方向を向くのをやめ体と顔を反対位置のところへむけ前を向かずに舵を取っていました。
ですが、小柴さんの教えは顔と体を立ちあがったときに前を向いたまま両手を後ろにしてティラーを持ちかえるということでした。
「そうすれば進路方向と顔で感じる風を見失わずにいけるから。」という最高の教えをいただきました。

何度も頭のなかでイメージしその練習の成果が今回役に立ちました。
私含め本日参加していない他のブラインドメンバーも小柴さんの教えを実行することが出来ていました。

マーク回航練習も成功しもう一度やろう!ということになりまたスタート位置に戻りスタボで行ってアンクロで回っての練習。

マークまでの距離を聞き、さあ見事に回ったぞ!という時に事故が起きました。

フリーでの走行にてのマーク回航だったためにブームが固定されていなかったのでその時にひとりの仲間にブームがあたりました。
顔を押さえ倒れてしまい、出血もしました。
おもわずブームパンチの現実を初めて目の当たりにし頭が真っ白になりました。
ハッと意識を現実に取り戻した時に見た光景は、マーク回航練習後のOBクイが左側にあるのではなくあほうどりの船首がOBクイと真正面に向かい合い本当にあと数センチで激突しそうな光景でした。
咄嗟に舵を左側に切り衝突を免れました。

倒れた仲間が心配になのとみんな練習に集中していたことで時間を忘れており15時頃にポンツーンに向け帰る事にしました。

幸い意識もあり自ら立ちあがり出血の手当てもできる範囲でした。

これまで私は「障害の有無など日常生活や競技練習では関係ない。
欠落している器官など他の器官で補えばいい。障害など言い訳にならない。自分は健常者だと思え。」
そう心に強く言い聞かせ幼い頃より強く生きてきました。

しかし2015年始まって最初のセーリング練習で改めて気がつかされました。
例え欠落した器官を生きてる他の器官で補おうとしても無理なものは無理。
見えないのに聞こえないのに健常者のようにふるまっていたら言い訳の出来ない程の取り返しのつかない事も起きる。と

ヨットが怖くなりました。自分が舵を握っている時に起きてしまったブームパンチの光景を目の当たりにし心が海とヨットを愛する好奇心から恐怖心へと支配され、家族の支えがなければ平常心を取り戻すのが大変な程に心が乱れました。
ですが、海に囲まれた島国で生まれ育ったのもありヨットを嫌いになれませんでした。
絶望から希望へと人生観を変えてくれたブラインドセーリングというものに出逢えたこともあり例え恐怖心があっても私はヨットが大好きでした。

今回のブームパンチでの出来事で幸いにも出血で済んだから良かったものの海に投げ飛ばされ取り返しのつかないことがおきてしまったらと考えると怖くなりました。

大変失礼かもしれませんがとても良い経験が出来ました。
この経験が無ければいつまでもヨットの怖さと障害を持つということの「本当の意味と責任」を知ることは出来ませんでした。
あの時の光景を忘れずにこの先は安全にブラインドセーリングを取り組もうと心に誓うことが出来ました。

ポンツーンに着艇しみんなであほうどりに寒くないようにいつものように洋服を着せゴミも持ち帰り元気に「お疲れ様でした!」を言ったところで東京支部の活動報告を終了します。