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津軽海峡横断ヨットレース2002

文 扇谷(おうぎや)光伸

小生は、7月20日(土)?21日(日)と一昼夜帆走する津軽海峡横断レースに参戦してきました。青森県むつ市の「POLESTAR」(ヤマハ30S)が乗艇です。青森・函館のほか八戸・室蘭・小樽などから21艇がエントリーしましたが、江ノ島フリートからも参加艇(佑里宏)があったのには驚きました。

朝10時に函館をスタートして、風雨に叩かれながらの夜中の海峡横断から、朝陽に横顔を灼かれた無風の陸奥湾まで、変化に富んだ帆走でした。夜の海面に照り映える月光が、とてもファンタジックでした。

青森フィニッシュは翌朝5時過ぎで、総合12位という結果に終わりましたが、仕事の都合でビギナーだけ4名になったクルーにしては良くやったと思います。30フィートクラスではトップでした。浅虫温泉でカラダをほぐしたあとのレセプションでは、減った体重を戻そうと大いに鯨飲馬食に励みました。
(^^;

レースの後は、続けて帰省・休暇のはずでしたが、仕事が入ってボツになり、暑い関東に戻ってきました。


第1回ダンヒルカップ2002お手紙

秋山淳

この日「ルミナス」に乗艇して一緒にレースを満喫した沼津の元気ブラインド(高橋さんの表現を借りると、スポーツマンで好青年)大胡田誠さんからJBSAの皆さん宛にお手紙をいただきました。ここにご紹介します。

大胡田氏のスピーチにみんな拍手している様子

文 大胡田誠

JBSAのみなさんこんにちは。先日は、まだヨットのことはほとんど知らないのにレースを体験してみたいなどとかなり無茶なお願いをしてしまったにもかかわらず、快くお聞き入れくださり、本当にありがとうございました。僕にとってはすべてが初めてのことばかりでしたので、あの日は驚きと興奮の連続でした。

今回、僕はただヨットの「錘」になっていることしかできなかったのですが、秋山さん、安西さん、川添さん、高橋さんの4人が風や波を読み、巧みに船を操る姿は、見ているだけでも何か心躍るものがありました。そして、果たして僕にもあのようなことができるのだろうかと不安になりつつも、もう一方では、早く自分も舵やセールを持ってみたくてうずうずするような気持ちになりました。

ところで、あの日僕はみなさんからいろいろなお話を伺ったのですが、その中で、実に印象的だった言葉がありました。それはレース後のパーティーのときに秋山さんが話してくださったことで、ヨットの醍醐味は一人一人が主体的でありながら全員がひとつのチームであることだ、というものでした。

僕はこれを聞いてはっとさせられる思いでした。いわゆる「障害」や「福祉」ということがからむと、ともすればちょっと不自然な人間関係になってしまうものですが、JBSAのみなさんはこのヨットの醍醐味を知っているからこそ、とても自然で気持ちのよいホスピタリティーにあふれているのかもしれないと感じました。

それでは、またみなさんにお会いできるのを心待ちにしております。世界大会まであと二ヶ月、お体に気をつけて練習がんばってください。


第1回ダンヒルカップ2002出場

文 高橋達也

太陽に輝くヨットハーバーの写真

7月20日(土曜日)海の日。ちょうど梅雨明けが発表された日の、抜けるような青空。文字通りの灼けるような日射し。南西の風、風速8メートル毎秒、ブローで10メートル毎秒。24フィートのルミナスにはちょっときつい風。セーリング2回目の新米ブラインドセーラー大胡田(おおごた)さんを乗せ、世界選手権出場経験を持つベテランブラインドセーラーの川添由紀さんの操るJ-24が、波を切り裂きながら相模湾の南東の端の海上をひた走る。

この日僕は沼津市在住の大胡田誠さんと相模湾で行なわれるヨットレースに出場した。出艇数115。クラス別に分かれてはいるものの、30フィートを超すセーリングクルーザーがこれだけ一同に会すると壮観である。中でも僕達の乗った「ルミナス」ともう一艇の仲間のヨット「ちこ2」は他のヨットとちょっと違った意味を持っていた。クルーに視覚障害者が乗り込んでいるのだ。今回は一般のレースだが、それぞれのヨットに2名ずつブラインドセーラーが乗り込んでいる。かといって、レース自体にブラインドルールが適用されているわけでは無い。他の113艇はこちらがブラインドチームなどとは知らずに勝負を仕掛けてくるのだ。

ゆっくりセーリングを楽しめる軽めの風ならいざしらず、この日は波、風ともにハードなコンディション。しかもセールやヒールのコントロールにはどうしても制限がつく。理想的な走りがいつもできるわけではない。ブラインドセーラーに口頭で周囲の状況を伝達しつつ他の艇との位置関係、コース海面の風の状況、そして回航するマークとの位置関係をいつも把握し、判断していかなければならない。そしてもちろんのことだけれど、ヨットの走りはブラインドとサイテッドの息がぴったり合わなければ良いものにはならない。

レースコースは油壺沖から昔懐かしい長者が崎沖の折り返しコース。行きはランニングで帰りがクローズドホールドだ。スタート直後ポートタックでスピンセイルをあげる。周りはどう考えてもJ-24よりレーティングの優位そうな大型艇ばかりだった。内心、まじかよ?と思った。途中、亀城(かめき)の沖までかなりきついアビームで何度もブローチングを起こしそうになる。僕は学生時代スナイプ乗りだったのでどうもスピンセイルというやつと性が合わない。あのふらふらした感じが落ち着かないのだ。やっぱウィスカーの方がいいな?なんて考えながら、しかしここはがんばってスピントリムに励むことにする。何度かブローチングの危険を感じてスキッパーを川添さんから、秋山さんに交代。亀城の沖を過ぎたあたりから真ランとなって船はだいぶ落ち着いた走りを取り戻す。いよいよごぼう抜きか!?

第1マークの回航を難無くこなし、いよいよクローズの走り。しかし、のぼり角度に比べてどうも艇速がでない。あとでわかったことだったが、もっとバングをきかせてセールを薄くして走らせるべきだったとか。何だ、学生時代にやっていたことジャンかとあとになって臍を噛む思い。あの風でのJ-24の走らせ方は私も初体験で良くわからないのだが日高さんがおっしゃっていたことをしっかり記録しておきたいところだ。とりあえず、クローズが安定したところで川添さんにまたスキッパーを交代。僕はどうしてもヒールが気になってハイクアウトに精をだす。今になって考えると、もっと積極的にメインセールトリムをするべきだったなと思う。でもヒールも確かにきつかったッス。

結局、ルミナスはシーボニアレーティングクラスで60艇中33位。チヒロという同じJ-24には勝てて良かったのだけれど、東大のギョウシュウには完敗。学生時代のことを思い出してちょっと悔しい思いもした。あと秋山さんがかなりチェックを入れていたコースオブネーチャー(どうしても僕にはコウソクネイチャンと聞こえてしょうがなかったのだが…)は、18位ということでした。第1マークまですぐ近くにいたのにね。残念!また、レース中、スプレーを顔いっぱいに受けて、前を気持ちよさそうに見ていた大胡田さんの顔は忘れられない…

10年以上前になってしまった学生時代の記憶によれば、三浦半島の南西の風(コンパス角度210度前後)の場合、左の岸ぞいに出るブローか、右の沖から周期的に降りてくるブローのどちらかをうまくつかまえていけばかなりいけるという記憶がある。今回はそこまで気がまわらなかったけど(というより身体が動かなかった?)もし次に機会があれば是非昔の勘ピュータ(ちと古いか)を働かせて上位入賞に貢献したいな?と思いました。ルミナスの名前の通り光り輝く成績がとりたいですね。

秋山淳
ルミナス組は、ヘルム:川添、ジブ&バウ:安西、メイン:高橋、バラスト(これではちょっとかわいそう、バランサーとしましょうか):大胡田、サイテッドスキッパー:秋山の5名で出場しました。


第1回ダンヒルカップ2002報告

文 石田利二郎

12人で記念撮影

平成14年7月20日、海の記念日
コースは、小網代沖スタート、長者ヶ崎沖マーク往復約12マイル。
天気は、晴、南10メートル毎秒のコンディション。

午前11時05分、シーボニアレーティングクラス60艇がランニングスタート。
ちこ2艇(30フィート)のメンバーは、スキッパー日高、メイン瀬川、ジブ橋本・白子、バウ石田・ラルフ・梶浦の7名。コース中ほどをランニングスピンアップでジャストスタート。一路長者ヶ崎沖の上マークを目指す。

10分ほどで亀城を通過、がスピン破損、スキッパーの落ち着いての声のおかげで、ジブアップ、破損スピンを交換、思った以上に順調にセール交換がすんだ。しばらくスピンランのあと、ほぼ正面に上マークを確認、マーク手前でジャイブ、すぐにスピンダウン、マーク回航。先にスタートのウディクラス、後からスタートのORCクラス全部で110艇ほどの参加のレース、マークでは数艇が入り乱れる。我が艇は、無事回航、フィニッシュを目指す。クローズで、陸よりを帆走、亀城近くを通過、少し強くなった風の中、12時50分フニッシュ。12マイルを2時間をきって走りきった。

成績は、修正23位でした。レース後、本部から呼び出しがあり、ゴールの確認をしてないとのこと、結局自己申告での成績というレースでした。みなさんお疲れでした。
午後6時からシーボニアのプールサイドで表彰式。表彰や、スポンサーのダンヒルさん提供の抽選会など行われ、午後8時終わりました。


第1回ダンヒルカップ2002

相模湾オープンヨットレース 7月20日(土曜日)海の記念日

文 秋山淳

7月20日(土曜日)海の記念日。関東ではシーボニアヨットクラブ主催による「第1回ダンヒルカップ」?相模湾オープンヨットレース?が大々的に開催されました。
我がJBSAも総勢12名が「ルミナス」と「ちこ2」(石田さん、梶浦さんオーナー艇)に分乗して参加しました。

4つのクラスに分けられた参加艇は、
・ウッドゥンヨットクラス    16艇
・シーボニアレーティングクラス 60艇
・ORCクラブAクラス     20艇
・ORCクラブBクラス     19艇
何と115艇参加の大レースとなりました。
(ルミナス、ちこ2ともにシーボニアレーティングクラスです)

朝10時、シーボニアハーバー前の小網代湾でウッドゥンヨットのパレードが始まりました。「ウッドゥンヨットクラブジャパン」の横断幕をかかげた先導艇からは、英国の伝統的なバグパイプの音色が流れ、それに続いて今なお健在のウッドの艇が、磨き抜かれたハルを優雅に輝かせ、貴婦人さながらに静々と帆走ります。実に美しい光景です。
ふと見ると、かつての(今も)名レース艇「竜王」「ケイセブン」「飛車角」などもパレードに参加しています。名前を聞くだけで震えが来るような、そう30数年前、これらの艇と一緒に相模湾を縦横に帆走るオーシャンレースをしていた頃が思い出され、思わず血が躍るような気持ちでした。
そのウッドゥンヨットがパレードを終え、11時スタートのラインに向かいます。
その後、5分きざみで各クラスがスタート。さてレースはいかに!?

チラシの画像


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