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2002年10月10日 ( 木 )
文 秋山淳(B1 サイテッドスキッパー)
9月20日 18時5分 ミラノ・マルペンサ空港に降り立った私たち日本選手団はその晩ブレシアに一泊し、翌21日「第5回世界ブラインドセーリング選手権」開催地ガルダ湖ガルニャーニョ(Gargnano)に入った。
これから10日間滞在するホテル・メアンドロのファミリー、マーサ・サムエリは美しいガルダ湖畔のロッジのたたずまいそのままに優しく迎え入れてくれた。
早速、大会会場であるチルコーロ・ヴェラ・ガルニャーニョ(Circolo Vela Gargnano)のヨットハーバーを訪ね、今回B1、B2クラスの使用艇であるプロタゴニスト(PROTAGONIST 7.50)とB3クラスのドルフィン(DOLPHIN 81MR)を見に出掛けた。
両艇ともイタリア人デザイナーの手による設計で、特にプロタゴニストはブルース・ファーのプラトゥにも似た切れ味の良い先鋭的な感じの艇である。
23日午後から3日間予定されたプラクティスは、初日は8〜9ノットの安定した順風。セールトリムがピタッとはまると驚くほどのスピードで快調に走る。2日目、3日目は20ノットを超す大荒れの天候。大会本部からも出港停止のシグナルが出されるなどプラクティスセーリングの時間が圧縮されたが、プロタゴニストの広いコクピットに馴れるためハーバー内でタック、ジャイブのシュミレーションを繰り返し行った。
ガルダ湖はスイスとの国境に程近い、南北に細長く伸びたイタリア最大の湖である。四方を山に囲まれておりトリッキーな風が吹くとの定評がある。到着後数日の天候から判断すると、午前中は北の山間いから吹き降ろしてくる強く重い風が吹き、午後は南に変わって微風、軽風になるというパターンが典型的なこの地域の気象のようだ。さらに風向も風道も常に微妙に変化しており、なるほど頭が痛くなる程トリッキーである。
26日よりいよいよ本レースが開始された。B1クラスは世界各国・地域から10チーム(日本、イタリア、ニュージーランド、フィンランド、ノルウェー、英国、北アイルランド、アメリカからマサチューセッツ、テキサス、ロードアイランド)が参加した。
ポイントとなった主なレースをレポートすると、
[第1レース]
初日のB1レースは午前9時から。強風が吹くと予想されたが7〜8ノットの軽い風。日本チームに勝機ありと力んでしまったかスタートは大失敗。9番目でライン風上側から出て行った。メンバー全員で落ち着いて挽回して行こうと気を取り直し、風の良いところを拾いながらボートスピード重視で艇を走らせた。その結果風上マークでは4番手まで上がって回航。ダウンウインドに入ってから風が2ノットほどに落ち、ますます風道を拾わないと落ちて行く。何とか4番手をキープして風下マーク回航、2上へ向かう。コース短縮された上マークフィニッシュラインに向けて、最後2 〜3艇身オーバーセーリングした私たちはロードアイランドに前を切られて5位でフィニッシュした。
スタートの失敗と最後のオーバーセールは残念だったが、ボートスピードは文句ない。トリムに集中して艇を走らせれば十分戦えそうだと手応えを感じた。
[第3レース]
2日目27日のB1クラスは午後からのレースとなったが、無風状態が続き 15時過ぎまで風待ち。ようやく南から6〜7ノットの風が入ってきたところでAP旗が降りる。この風なら日本チームに有利とばかりにスタートラインに突っ込んで行く。ライン中程のいいポジションからトップスピードでジャストスタート。フレッシュな風を得て他艇を半艇身、1艇身とぐんぐん離して行く。そのまま快調な走りが続き、いよいよ上マークトップ回航が見えてきた。マークから10艇身ほどのところでレイラインへのタックを返す。しかし見通しが甘くマークに入れない。もう一度タックを返して高さを取りに行ったが、スターボの後続艇に抑えられやむなく再タック。この時点で艇速は完全に落ちてしまいマークに大きく貼り付くようにタッチしてしまった。その後360度のペナルティ回転、その間に他艇に先行され最下位に転落してしまう。そのままの位置で風下マーク回航の後、2上への上りで再度4艇をとらえフィニッシュは6位まで挽回した。走りが良かっただけに上マークでのバタバタが大いに悔やまれるレースであった。
2日間3レースを終えた時点で、日本チームは5位タイに位置していた。4位に1ポイント、3位に3ポイント差と僅差であり、残りのレース次第で十分上に上がれるポジションにいた。
迎えて28日最終日、この日B1クラスは苦手の強風が予想される午前中3レースが予定されていた。
[第4レース]
北の風、20ノット近い。午前中の北の強風は白波を伴って湖面を吹きぬけて行く。全艇に1ポイントリーフの指示。レースコミッティはマークを打ち終わって即予告信号を発した。スタート出遅れ、上マークへ向かう中盤ではスターボ艇とのミーティングでうまくかわせず相手艇からB旗を揚げられ360°回転などミスが続き上マークは最下位回航。ダウンウインドで2艇をとらえて下マークを回航するも、2上へのコースどりが悪く最後は風も極端に落ちてタイムリミットぎりぎりの最下位でフィニッシュと散々なレースとなってしまった。
続く第5レース、第6レースは風も10ノット程度に落ち着きリーフを解除。しかし今度は艇速が今ひとつ伸びず、7位、10位と振るわない結果に終わった。最終的に6レ-スを終了して日本チームは8位と大きく順位を落としてしまった。
レース全体を振り返ってみると、サイッテッドスキッパーである私のミスが多く目立ったシリーズであった。スタート、マークへのアプローチ、コース取りなど基本的なタクティクスの面で他チームに遅れを取ってしまった。艇は良く走っていただけに、チームメイトに残念な思いをさせてしまったことが心残りである。
しかし、ガルダ湖での大会はとても素晴らしいものであった。
イタリアのオーガナイザーは、事前に取り沙汰されていたこととは異なり、立派に大会運営を行って各国からも高く評価されていた。
一方ノルウェーチームからは、来年のヨーロッパ選手権に日本もオープン参加しないかと誘われたり(橋本洋一さん情報)、またテキサスチームからは、ヒューストンで大会を開くので日本にも案内を出したい等々、まさにワールドならではの交流も多々あった。
次回は2005年、ニュージーランドのオークランドでの開催。今回数多くの課題を残した日本チームであるが、3年後に向けて上位と互角に戦えるチームづくりを目指していきたい。
最後に、今回の遠征にあたって各方面の皆様より多大なご支援、ご協力をいただきましたことに心から感謝申し上げます。ありがとうございました。
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2002年10月10日 ( 木 )
文 小林崇(B1 ブラインドメインシートトリマー)
プラクティス第1日目、始めて乗るプロタゴニストに慣れる間もなく20ノットを超える風にみまわれ、今回めんくらうスタートとなった。この艇は軽く、メインも大きいのでリーフせずにこの風の中を走ると風を逃してもウェザーとヒールが強く、コントロールが難しくなる。そして、海とは違ったうねりにバウがつっこむと、大きな衝撃とともに艇の方向が変わる。
さすがに、この日はその後、出廷中止になったが、とても気まぐれなこのガルーダ湖でレースをする以上、こんな状態にみまわれることはじゅうぶんに考えられ、空恐ろしくなった。
プラクティス二日目は風が治まる様子も無いため、艇の観察とシュミレーションを行い、イタリアンをたらふく食べて終わりとなった。
プラクティス最終日、雨があがるのを待っていよいよ本来のポジションでの練習が始まった。この日は、風が振れまわっており全体的に弱かったが、艇速の伸びと風に対する反応の良さを楽しむことができた。レース本番もこのような微風になることを願いつつプラクティスを終えた。 レース1日目、私たちB1ティーム全員がテュリッキーな風に驚かされた。
この湖ではポイントポイントで違った風が吹いていたり風力に差があったりする。自分たちの艇が止まっていても10メートル横の艇が風を受けて走って行くようなことが起きる。メインシートトリマーの私は、混乱しながらセールを風に併せていた。動かしすぎると艇速が落ちてしまうのでそのあたりのバランスが難しい。今回は、動かすことをなるべく最小限に押さえることを心がけていた。 二日目、長いこと風待ちが続いた後、1レースのみ行われた。
レース中、微風の時間が多く体重の軽い日本ティームにとって有利なはずであったが風がテュリッキーであることとその他もろもろがたたって残念ながら成績は振るわなかった。しかし、匂いのない澄んだ空気の中気持ちの良いセーリングを楽しむことができた。
いよいよ、レース最終日、少しでも良いポジションを取ろうとみんな気合いを入れて望んだ。そのかいあって良いスタートを切ることができたが、気合いが入りすぎて思うように艇を走らすことができず、・・・。ここでもやはりバランスが大切だと痛感しました。
ずいぶん大まかな記述で申し訳無いのですが気合いが入っていたこともありまして細かいレース風景は飛んでしまいました。
今回の大会では精神面においても技術面においてもバランスが大切なことを痛感しました。艇が思うように進まないとき、それぞれのクルーが一生懸命ジャストトリムはどこであるか模索します。これでばらばらにならないようにバランス良く統制するにはどうすれば良いか考えて行きたいと思います。でも、耳が痛いですが、何よりも練習かな?
最後に、いつもそばでサポートしてくださった皆様、そして応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。おかげさまで、イタリアの湖で貴重な体験をさせていただきましたし、美味しい思いもさせていただきました。
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2002年10月10日 ( 木 )
文 川添由紀(B1 ブラインドヘルムス)
第5回のワールドブラインドセーリング選手権大会がイタリアのガルーダ湖という湖で行われて、私はB1クラスのヘルムスとして出場しました。私にとってワールドの出場は2回目ですが、ヘルムスとしては今回初めてだったので、7レースすべてをちゃんとこなせるか不安な気持もありましたが、行われた全レースを無事にフィニッシュする事ができて、ほっとしています。
レース艇はプロタゴニストというもので、抽選の結果、私たち日本チームはB1、B2クラスとも6号艇のグリーンボートを使用することになりました。このヨットは、大会が始まる前にハーバーにヨットを見に行った時に秋山さんが乗りたがっていたもので、幸先のよいスタートとなりました。プロタゴニスト初めて乗って、私が今までに乗ったことがあるヨットではプラトウに似た感じで、とても早くて敏感なヨットだなと思いました。エクステンションが長いため少し扱いにくいということはあったのですが、微風でも滑るように走って、とても良いヨットでした。
今回の大会は、正直言って、楽しいよりもつらいレースが続きました。今の私には荷が重すぎたということと、世界の壁は高かったということが私の率直な感想です。ヨットレースであんなに精神的ダメージを受けたのは初めてのことです。でも、勉強になったことが多かったので、少しはセーリングレベルを上げるものになっていればいいなと思っています。特に今回は風の強弱があり、しかも風が振れる中でのレースだったので、精神的にとてもつらく大変なものでしたが、今となってみると貴重な経験ができてよかったと思っています。レース前に練習をしていた時、突然風が強くなりヨットがヒールして、私は足を滑らせて落水しそうになりました。この時、ライフラインにつかまっていたので落水はしないで済んだのですが、もしもライフラインにつかまっていなかったら落水していたと思います。これは私が今回経験した怖かった出来事の1つです。残念だったことは、風が吹き過ぎたり無さ過ぎたりで、あまりちゃんとした練習ができないままレースが始まってしまったことと、3日間で7レース行われる予定でしたが、私たちB1クラスは6レースで終わってしまったということです。
レース全体を通して、チームのメンバーの重要性、スタートの重要性、1レースの重みを改めて感じました。そして、ミスをすれば遅くなるということも実感しました。この大会で私がいちばんつらかったのは、レースが始まるまでの待ち時間がかなりあったことでした。いつスタートするかわからないので緊張したまま待ち続けなければならず、時間が経てば経つほど、みんな無言になり、ヨットの中が何となく暗い雰囲気になっていってしまいました。私自身にも余裕がなくて、話すことも見つからず、長くてつらい時間が流れていきました。そんな時、どこかのチームの人が「こんにちは」と話しかけてくれて、ヨットの中が少し和んだりもしました。
1日目は2レースが行われました。第1レースは、風がある所を見つけて、風を拾いながら走らなければならないものでした。このレースは、コース短縮されたことに気づかず5位に終わりました。もしもコース短縮に気が付いていれば4位になれたみたいだったので、ちょっと残念でした。これはレースが終わってから分かったことなのですが、私は実はコース短縮された音を聞いていました。でも、その時はほかのチームがフィニッシュした音なのだと思ってしまっていたのでした。そして、その時はこれからもっと上の順位も取れるかもしれないと思っていたのですが、結局、今回の大会でこのレースがいちばんよい成績となりました。あんな風の中でのレースは私にとって初めての経験で、精神的にかなり疲れてしまい、今後大変なレースが続きそうだなと、とても不安を感じていました。
2日目は第3レースの1レースが行われて、私にとって今回の大会でいちばん楽しいものとなりました。長い待ち時間の末、いよいよスタート5分前となりました。私たちは最高のスタートを切ることができましたが、ゼネラルリコールで再スタートして、2回目もなかなかいいスタートを切りました。スタートしてから1回目の上マークまで、トップ集団の中で走ることができて、本当に嬉しかったです。そして、トップで上マーク回航ができそうだったのですが、このままではマークにアプローチできないということがわかりました。マークに近づくにつれて風も弱くなり、とうとう私たちのヨットは止まってしまい、何をしても動かなくなってしまいました。この時、私たちはマークタッチしていて、周りのヨットから「ジャパン、ジャパン」と言われて、私はどうしたらいいのか分からなくなっていました。
どのぐらいの時間そうしていたのかわかりませんが、何とかヨットが動き出して、タックやジャイブをして360度のペナルティを行って、やっと上マーク回航が終わりました。この上マーク回航の間、私はかなり動揺していて、風上側と風下側がわからなくなってしまっていました。その時、安西さんから「まだそんなに離れていないので大丈夫だから落ち着いて」と言われて、落ち着きを取り戻して走り始めました。私たちは1度は最後に落ちてしまいましたが、フィニッシュまでの間に4艇を抜き、6位という結果に終わりました。これこそがヨットレースの楽しさなのだと改めて思いました。そして、明日もこの風でレースができたらいいなと思っていましたが、そううまくはいかず、3日目の3レースはボロボロのレースとなってしまいました。
こうして、私たちB1クラスのイタリアワールドは8位という結果に終わりました。私はレース終了後、悔しいような、情けないような、何とも言えない悲しい気持になりました。そして、だからこそ勝った時のあの嬉しさがあるのだということを痛感しました。すべてのレースを終えて、イタリアに出発する前の練習の時に日高さんから言われた、「メダルは本当に取る気にならないと取れない」ということの意味がよくわかりました。
私は今、もしもまたワールドに出場するチャンスを得ることができたら、今度はメダルをゲットしたいと強く思っています。そして、どんな状況でも落ち着いたセーリングができるような技術と精神力を身に付けて、もっと楽しいレースができればいいなと思っています。それまで今の気持を忘れずに練習に励みたいと思っておりますので、今後とも皆様のご協力、ご指導、どうぞよろしくお願いいたします。
最後になりましたが、同じチームだった皆様、練習等サポートをしてくださった皆様、いろいろな所から応援してくださっていた皆様、本当にどうもありがとうございました。おかげさまで、普通に日常生活をしていたのでは味わうことのないであろう緊張感の中で、貴重な経験をさせていただきました。
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2002年10月10日 ( 木 )
文 白子良明(日本視覚障害者セーリング協会 会長)
20日に「ミラノ」入りして翌21日に「ガルーダ湖」湖畔の田舎町「ガルニャーノ」に着きました。こちらに来てから4日目まで、連日、雨に降られていました。
レースの行われる「ガルーダ湖」周辺は700〜800年位前からの小さな街が点在し、ほとんどの家が石造りです。家や庭は花々に彩られ、とても美しく歴史を感じさせる街並みです。いたる所にオープンテラス付きのBar(カフェテリア)があり、現地の人々は、のんびりと時間を過ごしています。ワインや食事もとても美味しく「このまま、ここに住み着いてもいいな」と思ってしまうとても雰囲気の良い所です。
今大会は、12の国と地域からB1・B2・B3合わせて26チームがエントリーしています。各クラスにフルエントリーしているのは、我がTeam Japanを合わせ6の国と地域で、この中の国と地域が、「スクォードロンカップ」を争うことになります。
レースに使用される艇は、B1・B2クラス「プロタゴニスト750」B3クラス「ドルフィン81MR」という何れも「ファー・プラトゥ25」に良く似たイタリア製のレーシングボートです。
23日〜25日までのフラクティスレースは、キャビン内の整理、艤装、強風による出港停止などで、実質1日程しか練習出来ませんでした。
23日の練習で「Team JapanB1チーム」は、「テキサスB2チーム」としばらく併走していたのですが、圧倒的に「Team JapanB1チーム」の方が速かったです。他のチームも調子を上げてくるとは思いますが、ある程度の手応えを感じる事ができました。
27日のレース初日は、降り続いていた雨も止んで久しぶりの晴天となり、絶好のセーリング日和になりました。風も凪いだのですが、ガルーダ湖特有の風なのか強風が吹いたり止まったりで、選手達は、苦労しているようです。
Team Japanのレース成績は、各クラスとも今一つ良くありません。B3チームが1日目のレースで1位、3位に入ったのですが、その後奮いません。詳しいレース状況は、コーチと選手のレポートに譲ります。
今回初めてワールドを観戦したのですが、上位チームのセーリングレベルの高さにショックを受けてしまいました。彼らは、常に安定したセーリングをしています。上位チームとの実力差を改めて実感する大会となってしまいました。
特に感じたのは、
1.スタートの上手さ
上位チームは、ポジション取りが上手で、トップスピードでジャストスタートして行きます。
2.マーク回航など他艇と接近した状況での戦闘的なセーリング
やや強引とも思える権利主張で、マークに突っ込んでゆきます。
3.ブラインド選手の動きの良さ
B1選手でもタック、ジャイブ時は俊敏に動き、乗り位置もヒール角度や前後のバランスを考え変えている。入出港時やセールアップ・ダウン時も、シートを引いたり、セールを片付けたり等、サイテッドと一緒に仕事をしているのが印象的でした。
4.安定したセーリング
3にも共通しますが、タック、ジャイブ後には、ほとんどコースがブレません。1度コースが決まると上り過ぎ、落とし過ぎという事が、ほとんどなく一定のヒール角度を保ちながら真っ直ぐ走っています。
5.体格差
大きい人が多く強風時は圧倒的に早い。微風時は不利かと思うのだが、何故か早い。
6.俊敏なレースボートへの対応
レースに使用された「プロタゴニスト750」「ドルフィン81MR」は、何れも幅広でフリーボードが低い軽量・軽喫水のレーシングボートです。普段練習で使用している「J24」や「ヤマハ23」とは全くタイプの異なる艇だったので、日本選手達は、慣れるのに苦労していたようです。
しかし、ブラインド達選手は、幅広なのでタックの移動が大変ではあるが、彼らの大敵であるブーム位置が高く、ヘルムも素直で敏感、セーリングスピードも早く、とても乗り易い楽しい艇だと言っていました。
今後、ヨットレース界の主流を占めて行くと思われるレーシングタイプ艇への対応が必要でしょう。
今大会のレースにより、勝利するための課題が明らかになったように思います。今後、日本でのトレーニング内容・選手強化策を再検討し、次回のワールドに望みたいと思います。
成績は奮いませんでしたが、もう一つの目的である国際交流の面では、皆さん片言の英語、イタリア語で各国選手団や地元の人々と楽しいひと時を過ごしていたようです。その点では、100点満点です。
表彰式後のパーティー恒例のユニフォーム交換では、当協会会員の吉田倫子デザインによる発砲インクで点字をあしらったサブユニフォームが大好評でした。特にイタリア国旗のイメージで配色した「ガルーダ湖」を描いたトレーナーを主催者の「Circolo Vela Gargnano」にプレゼントした所、担当者は、直営のマリンショップに額縁に入れて展示してくれると言っていました。
パーティー後は、ノーザンアイルランド、グレートブリテンの人達と近くのBarに飲みに行き、大いに盛り上がりました。「デンジャラスゲーム」という一気飲みゲームに参加し、酩酊状態になって「ガルーダ湖」にスーツを着たまま転落し、着衣水泳訓練をしている人(実は私なのですが・・・) もいました。
主催者の「Circolo Vela Gargnano」人々は、ラテン系のいい加減というイメージとは異なり、きちんとした仕事内容で、大会運営もスムーズに行われました。
また、地元の人々も、皆さん大変親切で温かく、普段、海外旅行などに行く機会の少ないブラインド選手達にとって貴重な体験になったと思います。Team Japan全員の心に温かいものが残ったとても良い大会でした。
次回のワールド大会は、クラス入賞と「スクォードロンカップ」の奪取を目標に頑張りましょう。最後に、この遠征にあたりご支援、ご声援をいただいた皆様、どうも有難うございました。心より感謝申し上げます。
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2002年10月10日 ( 木 )
文 寺田豊司(チーム・ジャパン コーチ)
一番驚いた事はレースではなくて、最初の練習日の光景でした。
陸置されている艇を順番に降ろしていきまして、最初イタリアチームが降り、桟橋が狭かったこともあり、フィッティングを手際よく済ませ勢いよく桟橋を蹴って出て行きました。雨の降る中エンジン無しでセールも揚げず、しかも狭い出入り口の向かい風です。向かい側の岸壁に舫うのかと思ったのですが出て行きました。体重移動で艇を左右に大きく揺すりながら風に向かって進んで行き、港の外に出てからジブを揚げて沖に進みメインを揚げました。こんなことって見たことが無かったのでビックリしました。これに倣って他チームも出て行きましたが、日本チームは慣れていないせいか内側に押し戻されてしまいうまくいきませんでした。
ガルーダ湖はイタリア北部ミラノとヴェネチアの中間地点に位置するイタリア最大の湖で幅が2.4キロメートル〜最大17.5キロメートル、、長さが51.6キロメートル、最深346メートル、周りを2,000メートル級の山に囲まれた南北に細長い湖で岸近くは風が無いのに沖は風が強く白波が立っています。しかも午前中は北風で昼近くに風が無くなり、午後は南風になるというヨット競技にはかなり難しい自然環境だと思いました。
レースコースは上、下のマークを2周しアビームで少し走ってゴールするものでした。二つ目の驚きは本部船がアンカリングしていなかったことです。水深が346メートルもあるせいでしょうか?
レースの模様は、全レース観戦したのですが2クラス混合(スタート時間をずらした)、観覧船が移動して見る角度が変わり正確な位置関係が把握できなかった、慣れないビデオカメラを操作していたのでレース内容に集中できなかった等で参考になるレポートが書けません。
B3クラス
R1 上マーク直前でイタリア艇が日本艇の前をポートで横切ったので抗議を出し、イタリア艇は1回転した。
R2 2回目の上マークをトップで回航したが風が無くなりノーレースになってしまった。非常にアンラッキーであった。
R2 各マークをトップで回航し1位でゴールした。
R3 リコール旗が揚がり、戻ったので最後尾のスタートとなった。
R4 風が強かった(1ポイントリーフ)せいか奮わず。
R5 マーク側からポートでジャストスタートし、スタボー全艇の前を横切る見事なスタートだったがその後奮わず。
R6 風待ち後延期 R6 上、下マークを2位で回航したが、その後3位に落ちコース短縮で3位でゴール。
R7 スタートラインから押し出されてリコールされ、戻ったので最後尾のスタートとなった。その後1艇抜いた。
B2クラス
R1 各マークを7位で回航、7位でゴール。最終結果はDSQになった。
R2 スタートは2番目くらいの良いスタートであった。上、下を7位で回航
2番目の上を5位で回航したが、下マーク直前で北アイルランドに抗議を出されて1回転したので7位に落ちた。
R3 上マークを8位で回航したが、その後1つ抜かれて9着。
R4 3番目くらいの良いスタートを切ったが2回目の上マークを6位回航し6着でゴール。
R5 スタートラインへの寄せが少し早すぎたので戻ったら最後尾になってしまったが、1つ抜いてゴール。イタリア艇のDSQ等で7位。
R6 上、下マークを7位で回航、その後1つ抜いてゴール。イタリア艇のDSQ等で5位に浮上した。
R7 2番手くらいの良いスタートだった。他艇にリコールがあった。イタリアと1,2位を争う良い走りであったが、上マークの少し手前でタックした後、後続艇にスタボーで抑えられて後ろを回るはめになり上マークを7位で回航し、7着でゴールした。イタリアは後続艇の前を横切れたので1位でゴールした。残念だった。
B1クラス
R1 着順不明、テキサスチームのDNF有り、最終結果は5位。
R2 着順不明、ニュージーランドチームのDSQ等有り、最終結果は6位。
R3 上マークの少し手前迄は2番手の位置取りで良い走りであったが、マークに向けてのタックが僅かに早かった事と、艇が下に回り過ぎてしまった事などでもう1度タック・タックしたが他艇がすぐ横にいたりしてスピードが落ちて後続艇がどんどん先を行く中、マークタッチに陥る最悪のケースになった。さらにペナルティ解消に手間取ってついに最後尾になってしまった。が、この後良い走りをして4艇ぬいた。惜しかった。
R4 上マークの手前で抗議され1回転した。その後1艇ぬいたが奮わず。
R5 スタートで出遅れた。上マークは2回とも9位だったが頑張って7着でゴールした。
R6 奮わず。
感想
メダルは取れなかったが、ある瞬間、瞬間を捉えればトップグループに位置している時があるので、その状態を持続できるように、点から線になるようにしたい。特にB3チームはR2が1位だったし上位に食い込む実力は十分にあったと思う。タック等の基本練習と併せてスタート、回転、他艇との競り合いやミーティング等応用練習に励みミスを減らすようにしていけばメダルに手が届くようになると思う。ブラインドの方はサイテッドに全面的に頼らないで自分のできる範囲でイメージトレーニングや研究に励んで欲しいと思います。
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